任意売却 競売へのこんな質問
故障も多かったが、これも医療器具と同じで、私かすべて自分で修理していたことはもちろんである。
さらに、その2年後にはスクーターに変わっていった。
ラビットという名の中古で、雨の日でも漕ぐ必要のないホンモノのバイクだったから、営業もずいぶん楽になったものである。
初めて買った営業用自動車Sバル360。
このスクーターは、3台くらい乗り換えたと思う。
中古のSバル360を買ったのは、さらにそれから後の昭和38年、東京オリンピックの前年のことだった。
昭和33年にSバル360がわが国初の高性能小型車として発売され、あの松ド幸之助氏が第にゲの購入者となったことで話題となってから、5年後のことである。
当時、仲問の同業者はみんな普通乗用車に乗っていたのだが、私は中古のSバルで充分だった。
なるべく商売以外のことで金を使いたくなかったのである。
ちょうどその頃のことだが、すぐ下の妹のS子が結婚して、甥を産んでくれたのである。
私は嬉しくて、営業のときでもそのSバルに甥を乗せ、あちこちに自慢して回ったものだった。
おかげで運転免許証の更新日を忘れてしまい、大変な思いをしたことがあったのも、今となればほんとうに懐かしい思い出である。
そうこうしているうちに商売を始めて10年が経ち、私も結婚を考えなければならない年齢になっていた。
だが、当時の私は、お得意様であるいく人かの先生方から、「きみの目は節穴だ」と言われていたのである。
どういうことかというと、とても私には女性を見る目などないということらしかった。
だから、自分で選んでいたのではろくな女性と結婚しないだろうから、必ずお母さんに判断してもらいなさい、というわけだったのだ。
1人からそう言われたのならともかく、幾人かの先生が同じことを繰り返す。
となれば、私も自信がなくなって、やっぱり母に決めてもらわなければいけないかな……と思い始めるのである。
実をいえば、それまで、お付き合いしていた女性は決して少なくなかったのである。
主に近くの音大に通う女子大生だったのだが、先生方からそう言われ続けていたことが頭にあって、この人なら、と思う女性がいれば、母に会わせることにしていたのだった。
ところが、彼女たちを母に会わせても、母はなかなか首を縦に振らないのである。
こっちは真剣に紹介しているのに、どんな女性であっても、母から0Kが出ない。
相手の女性から見れば、なんでも母の言いなりになる男ということでびっくりもされたが、先生方の言葉が一種の強迫観念にでもなっていたのか、ともかく母がいいと言わない以上、私も無理やり結婚するわけにはいかないのである。
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